アラサー夫婦が子どもを持つことに積極的になれない理由

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私たち夫婦は子どもがどちらかといえば好きだ。

通りすがりの子どもを見ていても、可愛いなぁと思う。
子どもの世話をしてみたり、子どもの成長を喜んでみたりしたいとも思う。
もし子どもがいたら、という空想の会話をすることだってある。

妻の友達は結婚ラッシュを経て出産ラッシュを迎えている。
友人との会合は、夜の飲み会から、子連れのランチ会化している。
行くたびに「○○ちゃん本当可愛い〜〜!!」と。

それでも、結婚して4年(同棲期間含めれば8年)が経とうとしているのに、私たち夫婦には子どもがいない。
いないどころか、具体的な話はほとんどない。お互いに真剣に話そうとしない。それが暗黙の了解のように。

恐らく、私たちは特殊だ。
そう思い、答え合わせをしてみた。

平成26年度「結婚・家族形成に関する意識調査」

少し古いが、内閣府の調査。
対象は20代〜30代の未婚・既婚の男女。

将来子どもを希望するか

この問いに対する回答が以下のとおり。

・全体では、「今は子供がいないが、将来は子供が欲しいと思う」が 50.3%、「現在子供がおり、将来もっと子供が欲しい」が 18.4%であり、合わせると「将来子供が欲しい」は約7割にのぼる。一方、「現在子供がおり、これ以上子供は欲しいとは思わない」は 24.1%、「子供は欲しくない」が 6.7%であり、将来子供が欲しいと考えていない人は約3割である。

内閣府 平成26年度「結婚・家族形成に関する意識調査」報告書より引用

現在子どもがいる方が、元々「子どもが欲しい」という前提に立てば、子どもは欲しくないと思っている人は6.7%しかいないようだ。

子どもが欲しくない理由

アンケートのため、選択肢があらかじめ用意されているものしかないのが残念だが、回答は以下の3項目に集中しているようだ。

・将来の教育費が心配
・育児にかかる費用が心配
・経済的に厳しい

ただ、私たちと同じ属性の「既婚・子なし」に限ると、(母数が少ないという問題はあるものの)

・育児にかかる費用が心配
・将来の教育費が心配
・自分や夫婦だけの時間が取れない
・仕事にさしさわりが出そう・仕事を続けるのが難しくなりそう

と、少しだけ景色が変わる。

経済不安が強いのは属性を問わないが、既婚・子なしに限れば、「現状が変わることへの不安、抵抗感」が強いということだろう。

私たち夫婦が子どもを持つことに積極的になれない理由

本題。
恐らく、子を持つ親の人、子どもが欲しいと思っている人からすると、理解できないことが多いんじゃないかな・・・。

”親になること”への不安

そんなの誰でもそうだ、と言う声が聞こえてきそう。確かにそうかもしれない。

私たち夫婦は生まれ育った環境が訳ありだ。

私(夫)はDV親の元で育った。
特に父親からは暴力という教育しか受けた記憶がない。
母親からも、あれはダメ、これはダメと否定ばかりの教育で、褒められたことはほとんど記憶にない。
だから、父親という生き物がよくわからないし、母親という生き物もわからない。
一つだけ言えることは、自分の父親や母親みたいな「親」には絶対なりたくないということ。

妻は父親が2回変わったとのこと(つまり3人いるということ)。
それだけでも訳あり?と思ってしまうほどだ。
母親とも10年近く絶縁状態で、もう2度と顔を合わせたくないと思うほど。
だから母親がどういった生き物なのかわからない。そういう不安はあると聞いたことがある。

子どもを幸せにする自信が持てない

理想の親像がないから、子どもに親としてどう接すればいいのかわからないから、子どもを幸せにする自信が持てない。

両親を反面教師に生きてきたし、今でさえ上司を反面教師にしている節がある。だから自分が親から受けた仕打ちを子どもにすることはないにせよ、とにかく幸せにする自信がない。
後に出てくる「子どもの将来に対する不安」含め、子どもを幸せにする自信がないのに子どもを持ってはいけないと思ってしまう。

子どもの将来に対する不安

日本の将来を明るく考えられない。

騎馬戦型から肩車型になると言われる年金制度を始め、日本の社会保障制度は崩壊寸前。
経済だってそう。アマゾンだアップルだアリババだと新興企業がドンドン出てきている米中に対して、いまだに時価総額上位はトヨタ自動車、NTTと代わり映えのしない古くからの大企業。
加えて、変わらない社会。空気。低い生産性。

子どもには幸せになってほしい。そう願うのが親として当たり前の感情だと思う。
しかし、このような絶望的な国、ニッポンで生まれ育つ子どもが可哀想で、可哀想で。

子持ち夫婦が幸せそうに見えないことがある

仕事に育児に追われている人の疲れ切った顔を多く見ていると、子持ちと子なしでどちらが幸せなのかわからなくなる。

これは日本社会の問題でもあるが。
もっと子育てしやすい環境にならないものかと思う。

地域コミュニティへの参加が面倒

いわゆるママ友というやつ。
はたから見ただけだが、めんどくさいと思う。
妻も激しく同意している。妻からすると、これが嫌で子どもを持つことに躊躇している節もあるかと思うのではないかというくらい。

仕事に対する不安

先の意識調査の「仕事にさしさわりが出そう・仕事を続けるのが難しくなりそう」とほぼ同義。

幸いにも転勤のない会社を選んだため、家族が離れ離れになることはない。

しかし、先のとおりである。夫婦とも頼れる親はいない。
頼れるのはお互い夫婦のみ。
当たり前だが子どもは親の仕事の都合を考えられるはずがない。
忙しい時期だろうと子どもの体調が悪くなる時は悪くなり、会社を休まざるを得なくなる。
疲れていようとなんだろうと、夜泣きはする。
不眠状態でも会社には行かなきゃいけない。

子持ち夫婦に嫌がらせをするような会社ではないにせよ、そこまで育児に協力的な会社でもない。直属のボスは典型的な昭和のサラリーマンだ。
男が育児だなんだで仕事に穴を開け続けるような事態になれば、せっかく今の会社での居場所を確立できたのに、お役御免になりかねない。そんなボスである。

自分の遺伝子を後世に残したいという欲がない

子どもが欲しい!という感情は本能的なものなのではないかと思うことがある。
本能的に、自分の遺伝子を残したい欲が普通の人はあるのではないかと。

私にはそれがない。
子どもがいたとしても自分に似て欲しくないし、自分のような人生は送って欲しくない。

責任を持つことが怖い

逃げるは勝ち。
仕事が嫌なら転職すればいいし、住んでいるところが嫌なら引っ越せばいい。
夫婦生活が嫌になれば離婚すればいい。

でも、子どもが嫌になっても捨てるわけには当然いかない。

子どもを持つことだけは、後戻りが一切効かない選択だと思う。

だからこそ、ちゃんと(?)親をしている人は本当に尊敬します。

悩みが増える

ただでさえストレス耐性に弱い私たち夫婦。
子どもがいたら、今は想像もできないくらい悩み苦しむのではないかと。

悩みは増えるけど、それ以上に喜びが増えるよ!という言葉はいらない。
浮き沈みよりも穏やかに暮らすことを優先したいので、今の穏やかな暮らしを守りたいという思いが強い。

現状に大きな不満はない

もちろん毎日がハッピーなわけではない。
仕事でしんどいこともあれば、夫婦喧嘩をすることもある。

それでも、今まで生きてきた人生の中で、今が一番と思えるほど、幸せである。
だからこそ、あえて現状を変える必要性を感じないというか、現状が変わって不幸になったらどうしようという不安が先に立つ。

老後の面倒は我が子に・・・という考えがよくわからない

たまーにいる。
子どもがいなかったら、自分の老後どうするの?と言う人。
もし子どもがいても、自分の老後の世話をお願いするつもりはないし、むしろ子どもに親の老後の世話の負担を感じて欲しくない。

一定年齢までの子どもの世話をすることは親の義務だが、親の世話を子どもがするのは義務ではない。

私たち夫婦はやはり特殊だったのか・・・?

内閣府の調査では、多くが経済的理由だった。
子なし夫婦に限れば、「経済」「時間」
子どもがいれば、教育費を始め、2人の夫婦よりお金が多くかかるのは事実だし、私たちだって支出が増えるのは極力避けたい思いはある。
自分の時間を持ちたいという思いもある。
が、それらはさほど大きな問題ではない。
夫婦共働きなら子どもを育てられるくらいの稼ぎはあるし、
夫婦共に時間のかかる趣味を持っていないので、そこまで心配はしていない。もちろんどちらも不安はあるが。

ただ、内閣府の調査はあらかじめ選択肢が用意されていて、選択肢が少ないように思う。
まるで最初から結論ありきのように。

私たち夫婦のような考えを持っている人が選択できる項目は「その他」くらいか。その他を選んだ20%の子なし夫婦は一体なにを思って選んだのか。

絶対に子どもが欲しくないわけではない

私たち夫婦は、今幸せだ。
子どもがいた方が幸せだよという話を耳にすることも多いが、子どもがいたからって幸せになれるとは限らない。
せっかく掴んだ、ようやく掴んだ今の幸せがなくなるかもしれないのに、子どもを持つことに積極的になれないし、それ以前に子どもが欲しい理由が特に見当たらない。

でも、子どもは好きなほうだ。絶対に子どもが欲しくないわけではない。だからこそ腹を決められずにいる。

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ABOUTこのブログを書いている人

投資歴2年目のひよっこ投資家。米国株を中心に、長期投資で経済的自由を目指しています。 徹底した家計管理も実践中。リアルな家計簿を公開しています。